M・F・ブラウン「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」(★ネタバレです) 2014年08月27日(水) 05:27:05   No.45 (読書)

2015年03月26日 03:03
 エドガー賞受賞の本作を読んだ。ちょっとピンとこない作品だったので、小鷹信光の文庫解説を読むと、読み返してみたが「どうしても私の波長にはあわなかった作品」と記している。(深町真理子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫『エドガー賞全集 下巻』所収)

 自分の好みでは無いということは時たまあるし、どこが面白い作品なの?ということもある。でもエドガー賞受賞作で釈然とこないというのはちょっと腹立たしいので、要再読作品とした。その再読の前に、念のため作品に出てくる薬"クォラジン"をGoogle検索したら、"クォラジン"でヒットしたのは同一人による2ページのみ。架空の薬名のようで、またO・ヘンリ賞受賞作であることも判明。O・ヘンリ賞となるとやはり再読して解読せねば…

 初回はストーリーの筋を急いで追いかけたので、今度は少しじっくり読むこととした。一応おおまかな流れをメモして置く。
 ミセス・マニングが主人公。彼女は8か月前に心臓発作を起こして以来、薬"クォラジン"(抗凝血剤/殺鼠剤の主成分ワルファリンが主成分)を服用せねばならなくなった。これを服用する前までは、音楽は、書物は、生活の必要不可欠なものだったが、イェッツも、今は「言葉は勇ましくページの上を更新していく。意味は湿った花火のように、わたしの頭のなかでぷすぷすはぜるだけ」で、「イェッツを読むこともできない」。でも医師曰く、"クォラジン"の服用で心臓への負担が減って事件(心臓発作)の再発する危険が少なくなると。
 "クォラジン"の服用量は、毎週水曜日に診療所を訪れて血液検査を受けて、木曜日に電話で○△ミリグラムと指示がある。○△を復唱し、○△を心に刻み、壁紙に○△と書きつける。その"クォラジン"は二つの小瓶に入っており、ラベンダー色錠剤は2ミリグラム、ピンクは5ミリグラムだ。今回は11ミリグラムだから、ピンクが二錠にラベンダーが二分の一錠。「あんたはいまきょうのぶんのクォラジンを飲んだわ。くりかえしちゃだめよ。さあ、くりかえして言って―くりかえしちゃだめよ。」
 でも「それはわたしの頭の内部を溶かしてしまった。(…略…)鬱蒼たるたる黒い森。その森のなかには、そよとの動きもない。太陽はけっしてさしこまない」「ルオーの描く木や葉や枝は、光ったグリーンのエナメル。その光沢を取り去り、全体を黒く汚す。ライオンは豹を食べおえ、永遠の静寂がひろがる……それがわたしの頭だ」。
 「入院中は4ミリグラムだった。それが6になり、9になり、11,14,15,18になった。22。これでは溶けてしまう。溶けてばらばらになってしまう。」

 最初読んだときは、この作品の持つ怖さをあまり感じなかったけれど、落ち着いてじっくり読むと、ミセス・マニングが計算間違いをするシーンにはゾクゾクときました。22ミリグラム=ピンク6錠(5×6=20??)+ラベンダー1錠。

 この作品で思い起こしたのは、あのアルジャーノンであり、映画「レナードの朝」のレナード。アルジャーノンは、レナードは、画期的に獲得した能力を、その反動なのか逆に少しずつ失っていく。ミセス・マニングは感性豊かで今まで「生活の欠くべからず一部分だった」能力(音楽・文学の鑑賞力)が溶ける脳と一緒に消えていくと自覚している。「この森のことを他人に話すのは恥ずかしい。だがそれはある。わたしはそれを確信している」と。

 マージェリイ・フィン・ブラウン「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」を再読して初めて凄い作品であることは判ったけれど、何故これが、エドガー賞なのか。いわゆる犯罪事件は何も起きていない。薬の副作用問題とか、患者に無神経な医者とかは、アメリカ探偵作家クラブ賞にはあまりそぐわないように感じてしまう。オール・ラウンドのO・ヘンリ賞ならば解るけど。……薬にじわじわと殺されるという感覚を活写しているからなのか?

 説明によると、著者については不明で、本作以外の作品は見当たらないと。そんな著者の唯一かも知れない作品がエドガー賞とO・ヘンリ賞を受賞してしまったというのだから、アメリカって得体のしれない国なのかも。日本の出版界・作家界じゃありえないだろうな。
 今回は『エドガー賞全集 下巻』だったけど、上巻も早く読みたいが、どのダンボール函に入っているかは不明。全作品ではないけれど、発売された当時、面白そうなものは拾い読みしているはず。でも1983年発売だから30年も昔の本だとなると、他のアンソロジーなどにも収録されていて再読していないと何も記憶に残っていないはずだし…、図書館で借りた方が早いかな。

『エドガー賞全集 下巻』で特に気に入った他の作品
◎世界を騙った男(ウォーナー・ロウ)
○留置所(ジェン・ヒル・フォード)
○月下の庭師(ロバート・L・フィッシュ)